心の導火線に火をつけて

名古屋に住んでいる理系大卒社畜系男子の雑記

当時25歳の社会人3年目の社畜がいきなり椎間板ヘルニアになって激痛に耐えぬいた話 その5

こんにちは。TNTです。

ヘルニア闘病記、本記事が最後になります。

 

 

 ブロック注射を打ってから段々と痛みが和らいだ

 ブロック注射は、打たれた直後は腰から右脚にかけて、なんとも言えない違和感があり、痛みから生じる痺れとは違う、ブロック注射による麻痺により痛みが軽減しました。打たれたその日はなんとも言えない麻痺感に違和を感じながらも、痛みが軽減したことで、いつもより深い眠りにつけました。

 翌日以降は、ブロック注射が奏功したのか、徐々に痛みが落ち着いていきました。痛み止めを飲む生活のなかで、日々少しずつですが、痛みが引いていく感覚が確かにありました。

 

激痛に耐え抜いての出社ももはや慣れた

 片足を引きずって通勤するのも少し慣れましたし、変わらず会社を休まず自身の業務をこなしていました。少し慣れたとは言うものの痛いものは痛いです。激痛です。じわりじわりと感じる痛みを耐えながら仕事に取り組みました。完全に社畜だと思います。

 休むという選択肢も無くはなかったのですが、日本人特有の性格と日本企業特有の雰囲気で、なかなか休みを申請できずにいました。やはり、どうしても気を遣ってしまい、自身が休むことで他のメンバーに負担がかかることを避けたかったのです。闘病中は休職を考えたりもしましたが、まずは整形外科の先生が言ったとおり、様子を見てからにしようと決めていました。

 ただ、ヘルニアで脚を引きずるほどの激痛のなか出社するのは普通ではないと思います。これを読んでくださる方の中で、もしヘルニアになってしまっても、無理せず休むのが賢明な判断かと思います笑

 幸い、通勤は最寄駅まで徒歩1分、電車で一駅(2分)、駅から5分ほどの距離でしたので通勤ラッシュにも耐えられました。もし、東京だったら通勤ラッシュに耐えられなかったでしょう。

 

快方に向かい、精神的にも段々と変化が

 ヘルニアになって2週間目も同様に、痛みに耐えながらなんとか平日を乗り切り、土日は引きこもり生活でした。前週と異なるのは、確実に快方に向かっている感覚があったことです。ヘルニアになったばかりの頃は、このまま半身不随にでもなったらどうしよう、と考えるところまで堕ちていたのですが、この時はそんな考えが頭をよぎることはもうありませんでした。

 ヘルニアと診断されて14日が経過したころ、状態は大幅に改善され、脚を引きずって歩くことも無くなりました。痛みや痺れは多少あり、脚を大きく前に踏み出したり、前屈をしたりする動作はまだ出来ませんでしたが、痛みから解放されたので、精神的負荷も軽減しました。

 

ヘルニアの診断から20日、ついに趣味のテニスを再開

 20日を経過したとき、痛みはほぼ無くなり、趣味であったテニスも再開しました。ヘルニアによる筋力低下や以前より柔軟性がなくなったことが気にはなりましたが、身体を庇わずにプレイすることができて、うれしかったのを覚えています。

 

ヘルニアを克服、その後

 その後、腰への負担がかかる姿勢は極力避けるように意識をしています。具体的には長時間、同じ姿勢で座ることのないようにし、定期的に立ち上がって腰の体操をしています。椅子に座る時の姿勢は無意識で作業するうちにだんだんと悪い姿勢になってしまいがちですので、定期的に立ち上がって体をリセットするように心がけています。

 椅子に座るときはなるべく深く腰掛けて背もたれを軽く活用するようにし、浅く腰を掛けないようにしています。

 一応ヘルニアを克服した、と思っていますが、腰に負担をかけると痛むことが多いので無理をしないようにしています。普段の生活、テニスでは特に問題ありませんが、旅行等で長時間歩いたり、立ちっぱなしの時は、少し腰が痛くなります。あまり無理をして、再発するのも怖いので、そんな時は潔く休憩するようにしています。